それから数日後、札幌医科大学附属病院に両親といった。
重大な病気である事は自覚していたのだが、いや、自覚してなかったからなのかな。あまりにも、あっけらかんとしていた。
両親のこわばった顔とは対称的に。

病院が見えた時、単純にびっくりした。
たしか12階建てだったその建物は、「市」といっても田舎同然のところに住んでいる自分にとっては、あまりにも大き過ぎた。
新鮮な驚きだった。まるで、修学旅行に来ている気分だった。

で、実際に診察を受けた。それは今まで受けた診察や検査と同様のことをやるだけだった。別に大きな変化があるわけじゃない。
まぁ、血液検査がちょっと怖かったかな、ぐらいだ。

診察終了後、3人で診察結果を聞く、
はずだった。

医師から診察結果を言われる直前に、部屋から出るようにいわれた。

当時の自分はあまりにも無知過ぎた。
でも、頭がカラッポな男でも、『自分だけ結果を知らされず、両親だけが聞く。』このことがどういう事を意味するのかが充分に理解できた。
相変わらず楽天的だったから、本当はあんまりわかっていなかったのかもしれない。

でも、入院して治療とか手術とかする事は簡単にわかった。
恐怖でもない、不安でもない、かといって楽しみでもない、喜びでもない、
なんとなく感じた浮遊感はなんだったのだろう、
今振りかえって思う。

診察から数日経った4月2日、自分は入院する事になった。

(まだ終わりません。いつまで続くんだろう)

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