アジアカップについて
2004年8月9日 考察サッカーと政治を結びつけるのは筋違い。
でも、日本人も中国で昔の日本人がどんな罪を犯したのかを、
ちゃんと学ぶべきだと思う。
今回の事で抗日感情に対して、抗中感情をぶつけるのは
愚かすぎる。
今の日本サポーターはそんな愚行をするような人がいないことを祈る。
でも、日本人も中国で昔の日本人がどんな罪を犯したのかを、
ちゃんと学ぶべきだと思う。
今回の事で抗日感情に対して、抗中感情をぶつけるのは
愚かすぎる。
今の日本サポーターはそんな愚行をするような人がいないことを祈る。
心の闇なんて・・・。
2004年6月17日 考察約1ヵ月ぶりですね。こちらの日記の方に書くのは。
ログイン維持状態が解けてました(苦笑)
さて、
佐世保市の女子児童殺害事件。
ニュースやらワイドショーやら低レベル週刊誌がこぞって取り上げている様ですが、
インターネットとの付き合い方に問題があるんじゃないかと叫ばれている様ですね。
確かに、あのようなHPを作っているという事を被害者の両親は知っていたのかどうか、たぶん知らなかったのでしょう。
知っていたら、こんなことが起こる前に何か対策が出来ていたかもしれない。
たぶん、何も出来なかったと思うけど。
でも、自分たちの娘が裏で何をしていたのかを何も知らなかったからこそ起きた事件とも言える。
メディアはその部分をクローズアップしている。
自分が見た限りでのマスコミの扱い方はこうだ。
まず、加害者や被害者が表現が幼稚だったがために、微妙なニュアンスの差が生まれ、そこから深い溝が出来てしまった。
そして、それぞれの親は自分たちの娘がネットで何を見ていたのかをなんにも把握していなかった。
今後はネット上のモラルを教えていくことを徹底し、親と子供で今後のネットの扱い方を話し合う必要があるんじゃないか。
みたいな事だったと思う。
はっきり言って、全員がそういう事を指導していくのは不可能。
そういう事を話し合う親子なんてごく稀だと思う。冷静に考えればわかる。
まず、親が扱えなければ、意味をなさない。
親がどんな情報が流れているのかを知らないといけない。
そのためにはPC自体の扱い方を知っていなければならない。
知っている人は多数いるとは思うが、『子供は使っているが、親は文字すら打てない』家庭だって多いはずだ。
つまり、親と子供が同じ情報を得ることが出来る状況にいなければならない。
これは絶対条件である。
しかし、その条件があっても果たして子供が見たページをチェックしたり、話し合ったり出来るだろうか。
例えば、自分のHPやレンタル日記をもし、家族に見られたらどう思うだろうか。
『平気だよ』という人もいるだろう。
ただ、今回の事件の主役は二人とも小学校6年生の女子である。
性別にもよるかもしれないが、大抵この時期なら女子も男子も思春期の難しい時期。
『家族にも見せられない日記を見られる』という行為に耐えられるだろうか。
見られそうだったら、大抵見られない工夫をするだろうし、
履歴だって消すだろう。ブックマークだって消すだろうし。
そういう状態で簡単に『両親と話し合う努力を』って言ったって、無理だと思う。
ただ、一番の問題は無理だからといって不可能な問題に取り組む努力を放棄することだと思う。
自分が見ているページですごく共感出来る日記(というか考察と言うべきか)があった。
要点をまとめると
・『いたって普通の子』っていうけれど、普通なわけねえだろ。ネコかぶってたんだよ。弁護士かだれかに入れ知恵されてるんじゃねえの。
・『ネット・ゲーム・アニメ』は悪だ。欲望や残虐的な表現に溢れ、現実逃避の第1歩。
という2点です。
『いたって〜』について
子供って、なんにも考えていないようで、色んなことを考え、計算し、シュミレートします。
正確がねじれまくっている人ほどその傾向は強いです。自分もそうでしたから。
『おとなしくしていよう、優等生のフリをしていよう、なんにも考えていないように見せよう、・・・・』という、対大人用の考え方と
『あいつむかつく、殺したい、殴りたい、どうにかできないか、』という対同年代用の考え方を持ち合わせています。
もちろん、こんなことを考えている子供ばかりではありません。
でも、その様に感じさせない子供の中でも、心の奥底にこのような汚い邪悪な思考があるのは間違いありません。
・『ネット・ゲーム・アニメ』諸悪の根源論
子供が比較的身近に接することの多いゲームやアニメにこんな残虐的なものを見せていいのか?
バイオハザードを見た時の率直な感想でした。
銃でゾンビを殺し、血まみれになる床を乗り越え進んでいく『バイオハザード』シリーズ
クラス内で殺し合いをするという『バトルロワイアル』
その他、大人の都合や理想、思想で作られた残忍性や欲望に溢れるゲームやアニメ。
それが無造作に簡単に小学生の目に付くところにあるのはどうなんですか?
バイオハザードを良くやる人は『慣れれば平気』って言うけど、
『慣れればってことは、いやだったんでしょ、最初は。それに、あんな異常なものを見ていて平気って普通に言うあなたの神経が一番異常だよ』
って、言いかけるほど、激しい嫌悪感に襲われたのも事実です。
バトルロワイアルだって、ニュースやらなんやらであんなに映像が流れたら、R−15にする意味が無くなっちゃうし。
第一、原作者・監督をはじめとする『作り手側』が伝えたかった事は、必ずしも正しく伝わっていないという事実を認知するべきです。
もし、正しく伝わっていたとしたら放送室に立てこもって『殺し合いをしてもらいます』って全校放送するやつが現れるはずがないでしょ。
表現の方法を間違った製作側の責任ですよ。
オフラインでさえ、規制が意味をなさない状態なのですから、オンライン上は、もう無法地帯でしょ。
第2の加害者・被害者が生まれるのも時間の問題でしょう。はっきりいって。
しっかりとした、規制をかけるべきです。
バイオハザードはアダルトソフトと同じところにおいて、子供の目に付かないところに置くべきです。
むしろ、通販専用にした方がいいかもしれない。
表現の自由とはいうけれど、こんな状態になったのは『表現の自由』を見事なまでに履き違えた人たちが増加した結果です。
『表現の自由』は良い。すばらしい事だと思う、それ自体は。
でも、子供を守る観点に立った場合、果たして正しいのだろうか。
あれだけ、子供に見せたくないものが簡単に見れてしまう現状を『表現の自由』の一言で許すのは。
規制をかけろとは言わないけど、子供のことを考えた対策を充分にしてほしいと思う。
はっきり言って、このような事件を作ったのは『ネット・ゲーム・アニメ』のあまりにも自制心の無い表現手法にあると思う。
今のこの世の中は、子供を育てるにはあまりにも厳しい環境だと思う。
いろんな意味で・・・。
ログイン維持状態が解けてました(苦笑)
さて、
佐世保市の女子児童殺害事件。
ニュースやらワイドショーやら低レベル週刊誌がこぞって取り上げている様ですが、
インターネットとの付き合い方に問題があるんじゃないかと叫ばれている様ですね。
確かに、あのようなHPを作っているという事を被害者の両親は知っていたのかどうか、たぶん知らなかったのでしょう。
知っていたら、こんなことが起こる前に何か対策が出来ていたかもしれない。
たぶん、何も出来なかったと思うけど。
でも、自分たちの娘が裏で何をしていたのかを何も知らなかったからこそ起きた事件とも言える。
メディアはその部分をクローズアップしている。
自分が見た限りでのマスコミの扱い方はこうだ。
まず、加害者や被害者が表現が幼稚だったがために、微妙なニュアンスの差が生まれ、そこから深い溝が出来てしまった。
そして、それぞれの親は自分たちの娘がネットで何を見ていたのかをなんにも把握していなかった。
今後はネット上のモラルを教えていくことを徹底し、親と子供で今後のネットの扱い方を話し合う必要があるんじゃないか。
みたいな事だったと思う。
はっきり言って、全員がそういう事を指導していくのは不可能。
そういう事を話し合う親子なんてごく稀だと思う。冷静に考えればわかる。
まず、親が扱えなければ、意味をなさない。
親がどんな情報が流れているのかを知らないといけない。
そのためにはPC自体の扱い方を知っていなければならない。
知っている人は多数いるとは思うが、『子供は使っているが、親は文字すら打てない』家庭だって多いはずだ。
つまり、親と子供が同じ情報を得ることが出来る状況にいなければならない。
これは絶対条件である。
しかし、その条件があっても果たして子供が見たページをチェックしたり、話し合ったり出来るだろうか。
例えば、自分のHPやレンタル日記をもし、家族に見られたらどう思うだろうか。
『平気だよ』という人もいるだろう。
ただ、今回の事件の主役は二人とも小学校6年生の女子である。
性別にもよるかもしれないが、大抵この時期なら女子も男子も思春期の難しい時期。
『家族にも見せられない日記を見られる』という行為に耐えられるだろうか。
見られそうだったら、大抵見られない工夫をするだろうし、
履歴だって消すだろう。ブックマークだって消すだろうし。
そういう状態で簡単に『両親と話し合う努力を』って言ったって、無理だと思う。
ただ、一番の問題は無理だからといって不可能な問題に取り組む努力を放棄することだと思う。
自分が見ているページですごく共感出来る日記(というか考察と言うべきか)があった。
要点をまとめると
・『いたって普通の子』っていうけれど、普通なわけねえだろ。ネコかぶってたんだよ。弁護士かだれかに入れ知恵されてるんじゃねえの。
・『ネット・ゲーム・アニメ』は悪だ。欲望や残虐的な表現に溢れ、現実逃避の第1歩。
という2点です。
『いたって〜』について
子供って、なんにも考えていないようで、色んなことを考え、計算し、シュミレートします。
正確がねじれまくっている人ほどその傾向は強いです。自分もそうでしたから。
『おとなしくしていよう、優等生のフリをしていよう、なんにも考えていないように見せよう、・・・・』という、対大人用の考え方と
『あいつむかつく、殺したい、殴りたい、どうにかできないか、』という対同年代用の考え方を持ち合わせています。
もちろん、こんなことを考えている子供ばかりではありません。
でも、その様に感じさせない子供の中でも、心の奥底にこのような汚い邪悪な思考があるのは間違いありません。
・『ネット・ゲーム・アニメ』諸悪の根源論
子供が比較的身近に接することの多いゲームやアニメにこんな残虐的なものを見せていいのか?
バイオハザードを見た時の率直な感想でした。
銃でゾンビを殺し、血まみれになる床を乗り越え進んでいく『バイオハザード』シリーズ
クラス内で殺し合いをするという『バトルロワイアル』
その他、大人の都合や理想、思想で作られた残忍性や欲望に溢れるゲームやアニメ。
それが無造作に簡単に小学生の目に付くところにあるのはどうなんですか?
バイオハザードを良くやる人は『慣れれば平気』って言うけど、
『慣れればってことは、いやだったんでしょ、最初は。それに、あんな異常なものを見ていて平気って普通に言うあなたの神経が一番異常だよ』
って、言いかけるほど、激しい嫌悪感に襲われたのも事実です。
バトルロワイアルだって、ニュースやらなんやらであんなに映像が流れたら、R−15にする意味が無くなっちゃうし。
第一、原作者・監督をはじめとする『作り手側』が伝えたかった事は、必ずしも正しく伝わっていないという事実を認知するべきです。
もし、正しく伝わっていたとしたら放送室に立てこもって『殺し合いをしてもらいます』って全校放送するやつが現れるはずがないでしょ。
表現の方法を間違った製作側の責任ですよ。
オフラインでさえ、規制が意味をなさない状態なのですから、オンライン上は、もう無法地帯でしょ。
第2の加害者・被害者が生まれるのも時間の問題でしょう。はっきりいって。
しっかりとした、規制をかけるべきです。
バイオハザードはアダルトソフトと同じところにおいて、子供の目に付かないところに置くべきです。
むしろ、通販専用にした方がいいかもしれない。
表現の自由とはいうけれど、こんな状態になったのは『表現の自由』を見事なまでに履き違えた人たちが増加した結果です。
『表現の自由』は良い。すばらしい事だと思う、それ自体は。
でも、子供を守る観点に立った場合、果たして正しいのだろうか。
あれだけ、子供に見せたくないものが簡単に見れてしまう現状を『表現の自由』の一言で許すのは。
規制をかけろとは言わないけど、子供のことを考えた対策を充分にしてほしいと思う。
はっきり言って、このような事件を作ったのは『ネット・ゲーム・アニメ』のあまりにも自制心の無い表現手法にあると思う。
今のこの世の中は、子供を育てるにはあまりにも厳しい環境だと思う。
いろんな意味で・・・。
人間は退化している
これは太田光氏の発言である
『爆笑問題のそんなことまで聞いてない』の中の一文である。
これを見て、率直に共感した。
昔は戦い、潰し合うことでしか問題を解決できなかった。
時は経ち、人は武力以外の方法で問題を解決する方法を見つけた。
そして、現在、正義のために動いているという、アメリカが問題を解決するために取った行動は、武力行使だった。
人間は成長する生物だ。
過去の過ちを現在・未来に活かすことが出来る生物である。
それによって、人間は成長していった。
アメリカは成長することを放棄した。
一番原始的な武力というものを使うことしか出来なかった。
日本は事実上、それに賛同した。
日本もまた、成長することを放棄した。
二つの『世界大戦』という悲劇を忘れたのか。
あの戦いが産んだ物が何だったのか。
あの過去を繰り返してはならないと言い続けたのはどこの国だったか。
イラク人捕虜への虐待。
人を人と見ないこと。同じ人なのにどうしてあんなことが起きるのか。
個人だろうが、組織だろうが、許されることではない。
結局、差別することで優越感や征服感を得るという事自体が、
退化している証拠なのではないだろうか。
これは太田光氏の発言である
『爆笑問題のそんなことまで聞いてない』の中の一文である。
これを見て、率直に共感した。
昔は戦い、潰し合うことでしか問題を解決できなかった。
時は経ち、人は武力以外の方法で問題を解決する方法を見つけた。
そして、現在、正義のために動いているという、アメリカが問題を解決するために取った行動は、武力行使だった。
人間は成長する生物だ。
過去の過ちを現在・未来に活かすことが出来る生物である。
それによって、人間は成長していった。
アメリカは成長することを放棄した。
一番原始的な武力というものを使うことしか出来なかった。
日本は事実上、それに賛同した。
日本もまた、成長することを放棄した。
二つの『世界大戦』という悲劇を忘れたのか。
あの戦いが産んだ物が何だったのか。
あの過去を繰り返してはならないと言い続けたのはどこの国だったか。
イラク人捕虜への虐待。
人を人と見ないこと。同じ人なのにどうしてあんなことが起きるのか。
個人だろうが、組織だろうが、許されることではない。
結局、差別することで優越感や征服感を得るという事自体が、
退化している証拠なのではないだろうか。
人からどう見えるのか
2004年4月11日 考察今回のイラクの日本人人質事件。
今のイラクの現状を思い知らされた事件でしたね。
まだ、解決したわけではないですが、3人とも無事に解放されたようなので、とりあえずはよかったのではないかと。
で、今回の事件で、日本人が思っていることと、イラクの人たちが思っている事の違いが、あからさまに浮きぼりになったんじゃないかと思う。
そもそも、自衛隊を派遣したのは『イラクの人たちを助ける』という、大義名分があるから。
復興支援活動を国として行なうために、自衛隊を派遣しました。
地元の人もそれを賛同していたのも事実の様ですし、
それ自体は間違いではなかったと思います。
自分も、イラクの人たちを助けるということは賛成です。
それはイラクの人たちにとって絶対に必要な事だし、喜んでもらえる事だと思う。
ただ、今回の人質事件の犯行グループは
『我々の親友だと思っていた日本人は聖地に軍隊を送りつけるというかたちで裏切った』と見ていたわけです。
『もともと、この国がこうなったのもアメリカが悪い。アメリカの味方は全部敵だ。』
という考え方がベースになっているわけです。
この時点で、日本と今回の犯行グループとの考え方の違いがあるわけです。
『助けるために自衛隊を派遣した』はずなのに『軍隊を派遣して侵入・占領した』と思われているわけです。
今回の政府の対応も考えさせられるものでした。
最初の福田官房長官の記者会見。
『自衛隊を撤退する理由がない』
これは人質になってしまった家族の心情を考えたら、
ちょっと考えさせられます。
もちろん、その時の記者会見では『人質になられた3人を早急に救出する』と言っています。
でも、家族からすれば『政府は大切な私達の家族を見殺しにする気なのか』と思われても仕方ないわけです。
たしかに、イラクの人たちを助けるために自衛隊を派遣しているので、撤退する理由がないのは確かです。
でも、そう思っているのは日本政府だけ。イラクの人たちはそう思っていない人が多いことを間違いなさそうです。
日本は今回の事態をどう受け止めるのか。
与党だけでなく、野党もどうするのか考えなければ行けないと思います。
『派遣反対』って言うのは、すごく簡単です。できるならそうしたい。
でも、仮に自衛隊を撤退したとしましょう。
じゃあ、派遣先の地元の人たちはどうなりますか?
まだ、全然復興したいない状態でほっとかれた人たちはどうやって暮らしていけば良いんですか?どうやって助けますか?
そして、アメリカとの関係はどうしますか?
政治を行なう政党ならば、それを解決しなければ、派遣反対とは言えないと思います。
そして、政府・与党。個人的には派遣は賛成します。
ただ、現実として命が危険にさらされる事態が起こる事を認識しなければならないと思います。
派遣している自衛隊員がなくなった場合、遺族の方に最大1億円をあげるといいますが、
お金で解決するものじゃないでしょ。
どうやって、イラクにいる日本人(自衛隊員・民間人問わず)を守るか。
どうやって、イラクの人たちにやろうとしている事を知ってもらうか。(進入していると思っている人たちに)
多々、細かい問題も山積です。
今の状態をしっかりと見直す事も必要なのかもしれません。
人からどう思われるか。
それを考えなければ。
今のイラクの現状を思い知らされた事件でしたね。
まだ、解決したわけではないですが、3人とも無事に解放されたようなので、とりあえずはよかったのではないかと。
で、今回の事件で、日本人が思っていることと、イラクの人たちが思っている事の違いが、あからさまに浮きぼりになったんじゃないかと思う。
そもそも、自衛隊を派遣したのは『イラクの人たちを助ける』という、大義名分があるから。
復興支援活動を国として行なうために、自衛隊を派遣しました。
地元の人もそれを賛同していたのも事実の様ですし、
それ自体は間違いではなかったと思います。
自分も、イラクの人たちを助けるということは賛成です。
それはイラクの人たちにとって絶対に必要な事だし、喜んでもらえる事だと思う。
ただ、今回の人質事件の犯行グループは
『我々の親友だと思っていた日本人は聖地に軍隊を送りつけるというかたちで裏切った』と見ていたわけです。
『もともと、この国がこうなったのもアメリカが悪い。アメリカの味方は全部敵だ。』
という考え方がベースになっているわけです。
この時点で、日本と今回の犯行グループとの考え方の違いがあるわけです。
『助けるために自衛隊を派遣した』はずなのに『軍隊を派遣して侵入・占領した』と思われているわけです。
今回の政府の対応も考えさせられるものでした。
最初の福田官房長官の記者会見。
『自衛隊を撤退する理由がない』
これは人質になってしまった家族の心情を考えたら、
ちょっと考えさせられます。
もちろん、その時の記者会見では『人質になられた3人を早急に救出する』と言っています。
でも、家族からすれば『政府は大切な私達の家族を見殺しにする気なのか』と思われても仕方ないわけです。
たしかに、イラクの人たちを助けるために自衛隊を派遣しているので、撤退する理由がないのは確かです。
でも、そう思っているのは日本政府だけ。イラクの人たちはそう思っていない人が多いことを間違いなさそうです。
日本は今回の事態をどう受け止めるのか。
与党だけでなく、野党もどうするのか考えなければ行けないと思います。
『派遣反対』って言うのは、すごく簡単です。できるならそうしたい。
でも、仮に自衛隊を撤退したとしましょう。
じゃあ、派遣先の地元の人たちはどうなりますか?
まだ、全然復興したいない状態でほっとかれた人たちはどうやって暮らしていけば良いんですか?どうやって助けますか?
そして、アメリカとの関係はどうしますか?
政治を行なう政党ならば、それを解決しなければ、派遣反対とは言えないと思います。
そして、政府・与党。個人的には派遣は賛成します。
ただ、現実として命が危険にさらされる事態が起こる事を認識しなければならないと思います。
派遣している自衛隊員がなくなった場合、遺族の方に最大1億円をあげるといいますが、
お金で解決するものじゃないでしょ。
どうやって、イラクにいる日本人(自衛隊員・民間人問わず)を守るか。
どうやって、イラクの人たちにやろうとしている事を知ってもらうか。(進入していると思っている人たちに)
多々、細かい問題も山積です。
今の状態をしっかりと見直す事も必要なのかもしれません。
人からどう思われるか。
それを考えなければ。
やさしさって何ですか?
2004年3月29日 考察こう言われると、普通言葉に詰まります。
人にやさしくすることはできるかもしれないけど、
それを言葉にすることができない。説明することができない。
人の感情とはそういうものなのでしょう。
『やさしさ』は常に形が変わるものだと思う。
物を分け与える優しさ
話を聞いてあげる優しさ
共感してあげる優しさ
そばにいてあげる優しさ
あえて突き放す優しさ
・
・
・
形はに違いがあっても、相手を思いやることに違いがない。
それが1番難しい。
《相手が求めるもの=需要》と《自分が『相手が求めている』と思っているもの=供給》に違いがあれば、
その『優しさ』は無駄に終わる。むしろ、マイナス方向に向くことすらある。
《需要》を見極めて《供給》する。
これが市場だとすれば、比較的たやすいことだと思う。
でも、『人の心』はそうはいかない。
常に需要は変化を続ける。
『そばにいてほしい』『気持ちをわかってほしい』『怒ってほしい』『そっとしておいてほしい』etc・・・
《供給》する側からすれば、ニーズにこたえることは100%不可能だと思う。
でも、少しでも《供給》してあげられるように、常に考え、応えてあげる姿勢を見せること。
それが『優しさ』なんだと思う。
間違ってこれを見た皆さん。
『やさしさって、なんですか?』
人にやさしくすることはできるかもしれないけど、
それを言葉にすることができない。説明することができない。
人の感情とはそういうものなのでしょう。
『やさしさ』は常に形が変わるものだと思う。
物を分け与える優しさ
話を聞いてあげる優しさ
共感してあげる優しさ
そばにいてあげる優しさ
あえて突き放す優しさ
・
・
・
形はに違いがあっても、相手を思いやることに違いがない。
それが1番難しい。
《相手が求めるもの=需要》と《自分が『相手が求めている』と思っているもの=供給》に違いがあれば、
その『優しさ』は無駄に終わる。むしろ、マイナス方向に向くことすらある。
《需要》を見極めて《供給》する。
これが市場だとすれば、比較的たやすいことだと思う。
でも、『人の心』はそうはいかない。
常に需要は変化を続ける。
『そばにいてほしい』『気持ちをわかってほしい』『怒ってほしい』『そっとしておいてほしい』etc・・・
《供給》する側からすれば、ニーズにこたえることは100%不可能だと思う。
でも、少しでも《供給》してあげられるように、常に考え、応えてあげる姿勢を見せること。
それが『優しさ』なんだと思う。
間違ってこれを見た皆さん。
『やさしさって、なんですか?』
3週間前、インフルエンザにかかっていた。
仕事をまともに出来る状態ではなく、先輩・上司のススメもあり、仕事を3日間休む事にした。
いつもの風邪なら、ゲームをしたり、ネットを見たりして、休息するのだが、今回ばかりは、何かをする気力すらなかった。
ラジオを聞く事やi−modeを見るなど、ちょっとしたことしか出来ないぐらい弱っていた。
何も出来ないと、眠くなる。
弱っている時は寝るのが1番、ということでラジオをBGMに真っ昼間から寝た。
ふいに夢の中に邪魔者が出てきた。
小学校の頃の思い出。邪魔な過去。永遠に心の闇に付きまとう。
それを振り切る一心で、ナイフを片手に人を殺している自分。
血まみれになり、原型をとどめないぐらい顔面を殴りつづけている自分。
ただ、凶器に突き動かされる様に理性や常識というブレーキが壊れた、
『自分ではない自分』が非現実の世界の中で、
無の暴走を続ける。
とめる気力もない、とめるすべもない。
ただ、ひたすら、何も生まない消去を繰り返す。
起きると、からだ中に汗をかいていた。
熱はクスリと睡眠のおかげで、ある程度下がっていたが、
完全に老廃していた。
身体は楽になったけど、心は立ちあがれなくなるほどぼろぼろになってた。
仕事をまともに出来る状態ではなく、先輩・上司のススメもあり、仕事を3日間休む事にした。
いつもの風邪なら、ゲームをしたり、ネットを見たりして、休息するのだが、今回ばかりは、何かをする気力すらなかった。
ラジオを聞く事やi−modeを見るなど、ちょっとしたことしか出来ないぐらい弱っていた。
何も出来ないと、眠くなる。
弱っている時は寝るのが1番、ということでラジオをBGMに真っ昼間から寝た。
ふいに夢の中に邪魔者が出てきた。
小学校の頃の思い出。邪魔な過去。永遠に心の闇に付きまとう。
それを振り切る一心で、ナイフを片手に人を殺している自分。
血まみれになり、原型をとどめないぐらい顔面を殴りつづけている自分。
ただ、凶器に突き動かされる様に理性や常識というブレーキが壊れた、
『自分ではない自分』が非現実の世界の中で、
無の暴走を続ける。
とめる気力もない、とめるすべもない。
ただ、ひたすら、何も生まない消去を繰り返す。
起きると、からだ中に汗をかいていた。
熱はクスリと睡眠のおかげで、ある程度下がっていたが、
完全に老廃していた。
身体は楽になったけど、心は立ちあがれなくなるほどぼろぼろになってた。
このアルバムには、彼女から見た『人間』というモノへの価値観が示されている。
1人のシンガーソングライターとして、歩き始めているうちに感じたこと。
それ以前に日常生活の中で感じたこと。
それが彼女の言葉に包まれて、伝えようとしている。
人間はいろんなしがらみにもがき苦しみながら、でも、決して『希望』を捨てずにがんばっていく事がすばらしい事である。
人間というもののの優しさ、心地よさ、そして、恋をして、愛する人と一緒にいるという事の嬉しさ、いとおしさをメロディーから滲み出していく。
きっと、聞き終えたときには幸福感を味わう事が出来る。
意思の強さを感じさせる歌声は、聞く人の心をきっとつかむはずである。
1人のシンガーソングライターとして、歩き始めているうちに感じたこと。
それ以前に日常生活の中で感じたこと。
それが彼女の言葉に包まれて、伝えようとしている。
人間はいろんなしがらみにもがき苦しみながら、でも、決して『希望』を捨てずにがんばっていく事がすばらしい事である。
人間というもののの優しさ、心地よさ、そして、恋をして、愛する人と一緒にいるという事の嬉しさ、いとおしさをメロディーから滲み出していく。
きっと、聞き終えたときには幸福感を味わう事が出来る。
意思の強さを感じさせる歌声は、聞く人の心をきっとつかむはずである。
言葉とは、相手に感情を伝えるための道具だ。
でも、使いかた次第で、人を助けることも人を傷つけることもある。
もし、傷つけることしかできないのなら、
その人は『言葉を使う』という事ができていないのではないだろうか。
本音をぶつけることが優しさではない
見守るだけが優しさではない
本当に必要なのは、相手の気持ちを思ってやることだと思う
でも、使いかた次第で、人を助けることも人を傷つけることもある。
もし、傷つけることしかできないのなら、
その人は『言葉を使う』という事ができていないのではないだろうか。
本音をぶつけることが優しさではない
見守るだけが優しさではない
本当に必要なのは、相手の気持ちを思ってやることだと思う
所詮、日本人ってことです。
2004年2月13日 考察受験生をパトカーで送り届けた事件(なんて言い方をすると、ちょっと物騒ですが)はご存知な方が多いと思いますが、
その判断がどうだったのかを『アクセス』というラジオ番組で議論されていました。
で、番組中の意見やネットの意見を聞いている限り、
『日本人って、やっぱり冷酷非情だな』って思いました。
もちろん、下見しなかった受験生も悪い。
職務放棄と取られかねない行動を取った警察も悪い。
『前例』を作ったことによって、悪用しようとする人が増える可能性もある。
でもね、美談を美談として受け取れない人が多いなぁ。
『間に合ってよかったね』って言えない心の狭い人間ばっかりなんだと、思いましたね。
公務員は融通がきかないと言われることが多々あります。
で、今回の様に融通を利かせれば、『職務放棄だ』って批判される。
それではねぇ、あまりにもひどい。
じゃぁ、逆に警察は送り届けなかったらどうなったか。
たぶん、『かわいそう』とか、『人間性を疑う』とか言われるんじゃないかな。
どっちにしたって、批判されるんです。
それだったら、今回の様に単純な親切心でやった行動に対して、『素晴らしい』って言った方がいいんじゃないですか。
警察に行ったのだって、最初から頼っていた訳じゃなくて、
タクシーの運転手さんが『このままじゃ絶対に時間に間に合わんから、警察に行って話してごらん』って行って、警察に送り届けてくれたわけ。
でも、それを『甘え』って言って切り捨てるのは、『タクシーの親切心は無駄なことで余計なお世話』ってことなんじゃないんですかね。
もちろん、受験生と警察は全く悪くないわけではないです。
それは、批判している人たちの意見は理解できます。
でも、それはそれでおいとけばいいじゃないですか。
親切は親切。それだけの話。
その判断がどうだったのかを『アクセス』というラジオ番組で議論されていました。
で、番組中の意見やネットの意見を聞いている限り、
『日本人って、やっぱり冷酷非情だな』って思いました。
もちろん、下見しなかった受験生も悪い。
職務放棄と取られかねない行動を取った警察も悪い。
『前例』を作ったことによって、悪用しようとする人が増える可能性もある。
でもね、美談を美談として受け取れない人が多いなぁ。
『間に合ってよかったね』って言えない心の狭い人間ばっかりなんだと、思いましたね。
公務員は融通がきかないと言われることが多々あります。
で、今回の様に融通を利かせれば、『職務放棄だ』って批判される。
それではねぇ、あまりにもひどい。
じゃぁ、逆に警察は送り届けなかったらどうなったか。
たぶん、『かわいそう』とか、『人間性を疑う』とか言われるんじゃないかな。
どっちにしたって、批判されるんです。
それだったら、今回の様に単純な親切心でやった行動に対して、『素晴らしい』って言った方がいいんじゃないですか。
警察に行ったのだって、最初から頼っていた訳じゃなくて、
タクシーの運転手さんが『このままじゃ絶対に時間に間に合わんから、警察に行って話してごらん』って行って、警察に送り届けてくれたわけ。
でも、それを『甘え』って言って切り捨てるのは、『タクシーの親切心は無駄なことで余計なお世話』ってことなんじゃないんですかね。
もちろん、受験生と警察は全く悪くないわけではないです。
それは、批判している人たちの意見は理解できます。
でも、それはそれでおいとけばいいじゃないですか。
親切は親切。それだけの話。
今必要なこと。
自分自身を見つめ直すこと。
顔も、身体も、心も、記憶も。
すべてを見つめ直すこと。
これから必要なこと。
自分に自信を持つこと。
過去の自分を捨てて、
今の自分、そして未来の自分を好きになること。
目をそらすことは誰でもできる。
逃げることなら誰でもできる。
自分と向き合え。真正面から。
過去の自分が嫌いなら、それでもかまわない。
でも、それは今の自分とは無関係だ。
納得するまで、気持ちの整理ができるまで、
ずっと考えていればいい。
慌てなくても、かまわない。
人を好きになる前に、自分を好きになろう。
難しいけど、不可能じゃない。
自分自身を見つめ直すこと。
顔も、身体も、心も、記憶も。
すべてを見つめ直すこと。
これから必要なこと。
自分に自信を持つこと。
過去の自分を捨てて、
今の自分、そして未来の自分を好きになること。
目をそらすことは誰でもできる。
逃げることなら誰でもできる。
自分と向き合え。真正面から。
過去の自分が嫌いなら、それでもかまわない。
でも、それは今の自分とは無関係だ。
納得するまで、気持ちの整理ができるまで、
ずっと考えていればいい。
慌てなくても、かまわない。
人を好きになる前に、自分を好きになろう。
難しいけど、不可能じゃない。
人はいろんな顔を持っている
仕事をしている自分
高校時代の友人と会っている自分
趣味のカードゲームをやっている自分
演劇鑑賞をしている自分
そして、1人きりでいろんな悩みを抱えている自分
それぞれ、多面性を持っており、
絶対に他の顔と混合してはいけないと思う。
この日記は自分の醜い心を吐き出す、
そして、抱え切れない悩みや思いを吐き出すためのツールである。
それは、自分とちょっとでも接している人には決して見せたくは無い、
深い闇の部分だけが映し出されている。
それは見せている『顔』が全く違うものだからだ。
趣味仲間には決して他の顔を見せたくは無いし、
仕事の先輩・後輩にも他の顔を見せたくは無い。
では、なぜこの『だいありーのーと』にこんなことを書いているのか。
それは自分でもわからない。
でも、特定の人に対して、
違った面を見せられる気がしたからである。
『自分は本当はこういう人間なんだ』ってストレートに言える友人だから。
そして、他の『私の顔』を見たことが無い人にたいして、
こういう人間もいるんだ、っていうことを伝えたかった。
ただそれだけ。意味はなんもない。
何が言いたいか、わからなくなったけど、
とにかく、そう言うことです。
仕事をしている自分
高校時代の友人と会っている自分
趣味のカードゲームをやっている自分
演劇鑑賞をしている自分
そして、1人きりでいろんな悩みを抱えている自分
それぞれ、多面性を持っており、
絶対に他の顔と混合してはいけないと思う。
この日記は自分の醜い心を吐き出す、
そして、抱え切れない悩みや思いを吐き出すためのツールである。
それは、自分とちょっとでも接している人には決して見せたくは無い、
深い闇の部分だけが映し出されている。
それは見せている『顔』が全く違うものだからだ。
趣味仲間には決して他の顔を見せたくは無いし、
仕事の先輩・後輩にも他の顔を見せたくは無い。
では、なぜこの『だいありーのーと』にこんなことを書いているのか。
それは自分でもわからない。
でも、特定の人に対して、
違った面を見せられる気がしたからである。
『自分は本当はこういう人間なんだ』ってストレートに言える友人だから。
そして、他の『私の顔』を見たことが無い人にたいして、
こういう人間もいるんだ、っていうことを伝えたかった。
ただそれだけ。意味はなんもない。
何が言いたいか、わからなくなったけど、
とにかく、そう言うことです。
思うことが増えました。
2004年1月7日 裏の顔YOUさん、わざわざ名前を出して頂いて、すいません。(照)
Emptyさんも、よろしくお願いします。
さて、前回の続き。
『好きな人ができて、その人に告白する』ということをした事が無い。
自分はすごく臆病なんだと思う。
自分が嫌いで、自分に自信を持てない。
いろんなコンプレックスに縛られて、いろんな過去に足を取られ、
1歩も進めないまま、引きずられるように毎日を過ごしてきたように思う。
前回の日記にウソがあった。
好きになった人がいた。仲の良い後輩だ。
部活の大会で函館に行った時に、初めて恋愛感情を感じた。
でも、それを言わないまま、卒業し、社会人になって、今日まで来てしまった。
友人から『後輩に彼氏ができた』ことを聞かされて、驚いたのと同時に悲しくなった。
すごく後悔している。
でも、この事は後輩には言えないと思う。
友人関係でいられるという安定を求める心。
この事を言うことのあまりにも大き過ぎるリスク。
キリが無いほどの不安。
そればっかりが頭の中をぐるぐる回ってる
結局は自分は臆病者なのだ。
『あんたって、恋に臆病だよね。』
この前のカラオケの帰りに友人に言われた言葉だ。
図星だった。
『女性』として好きになったのをいつのまにか、『友人』として好きに勝手に変換されていて、
恋愛からわざと遠ざかっていたんじゃないだろうか。
いつになったら、こんな自分を捨てられるんだろうか。
ちゃんと思いを伝えられるようになりたい。
女々しい男だけど。
Emptyさんも、よろしくお願いします。
さて、前回の続き。
『好きな人ができて、その人に告白する』ということをした事が無い。
自分はすごく臆病なんだと思う。
自分が嫌いで、自分に自信を持てない。
いろんなコンプレックスに縛られて、いろんな過去に足を取られ、
1歩も進めないまま、引きずられるように毎日を過ごしてきたように思う。
前回の日記にウソがあった。
好きになった人がいた。仲の良い後輩だ。
部活の大会で函館に行った時に、初めて恋愛感情を感じた。
でも、それを言わないまま、卒業し、社会人になって、今日まで来てしまった。
友人から『後輩に彼氏ができた』ことを聞かされて、驚いたのと同時に悲しくなった。
すごく後悔している。
でも、この事は後輩には言えないと思う。
友人関係でいられるという安定を求める心。
この事を言うことのあまりにも大き過ぎるリスク。
キリが無いほどの不安。
そればっかりが頭の中をぐるぐる回ってる
結局は自分は臆病者なのだ。
『あんたって、恋に臆病だよね。』
この前のカラオケの帰りに友人に言われた言葉だ。
図星だった。
『女性』として好きになったのをいつのまにか、『友人』として好きに勝手に変換されていて、
恋愛からわざと遠ざかっていたんじゃないだろうか。
いつになったら、こんな自分を捨てられるんだろうか。
ちゃんと思いを伝えられるようになりたい。
女々しい男だけど。
今日、また友人と遊んできました。
前回の日記に出てきた友人です。
今日は妹・弟という
フルコースで例えると、『ステーキの横にある食用花みたいなの』がついてきたのが、とても残念です。
中身は特には書きませんが、
車の中で恋の話になった。
親しい後輩に彼氏ができたことを初めて聞かされて、
とてもびっくりした。
でも、話を聞いているうちに、
人を愛する事とか、恋愛だとか、セックスだとか、
全く分からなくなった。
心のつながりってなんなんだろうか、
自分だって恋愛はしたい。
自分が崩壊してしまうような、
手を繋いでいるだけで、それだけで鼓動が聞こえてしまうぐらい、どきどきするような恋愛がしたい。
はっきりいうと、友人以外に人前では話した事が無い。
たぶん、こういうことを全く言わないので、
びっくりするかもしれないけど。
友人には好意を抱いている。
後輩にも好意を抱いている。
ずっと一緒にいたいと思ってる。
ずっと話を聞いていたいと思っている。
一緒に食事をしているだけでいい。
一緒に遊んでいるだけでいい。
一緒にいるだけでいい・・・。
でも、『人間』としての好意であって、『女性』への好意ではないと思う。
いや、どっちなのかが分からずにごちゃごちゃになっているのかもしれない。
『恋愛』って、なんですか?
『人を愛する事』って、なんですか?
前回の日記に出てきた友人です。
今日は妹・弟という
フルコースで例えると、『ステーキの横にある食用花みたいなの』がついてきたのが、とても残念です。
中身は特には書きませんが、
車の中で恋の話になった。
親しい後輩に彼氏ができたことを初めて聞かされて、
とてもびっくりした。
でも、話を聞いているうちに、
人を愛する事とか、恋愛だとか、セックスだとか、
全く分からなくなった。
心のつながりってなんなんだろうか、
自分だって恋愛はしたい。
自分が崩壊してしまうような、
手を繋いでいるだけで、それだけで鼓動が聞こえてしまうぐらい、どきどきするような恋愛がしたい。
はっきりいうと、友人以外に人前では話した事が無い。
たぶん、こういうことを全く言わないので、
びっくりするかもしれないけど。
友人には好意を抱いている。
後輩にも好意を抱いている。
ずっと一緒にいたいと思ってる。
ずっと話を聞いていたいと思っている。
一緒に食事をしているだけでいい。
一緒に遊んでいるだけでいい。
一緒にいるだけでいい・・・。
でも、『人間』としての好意であって、『女性』への好意ではないと思う。
いや、どっちなのかが分からずにごちゃごちゃになっているのかもしれない。
『恋愛』って、なんですか?
『人を愛する事』って、なんですか?
あけましておめでとうございます。
この言葉は冷静に考えるとすごく違和感を感じる。
12月31日から1月1日になるだけで、なぜおめでたいのか。
めでたい理由がわからないと、おかしいとずっと思っているんだろうな。
年を区切ったところで、別にいろんな物の流れが変わる事は無いし、
急に変化がおきる事も無い。
でも、年が明けると、急に着物や袴をはいて、いつもは行きもしない神社に行く。
やっぱり、おかしくないですか?年明けのお祭り騒ぎ。
この言葉は冷静に考えるとすごく違和感を感じる。
12月31日から1月1日になるだけで、なぜおめでたいのか。
めでたい理由がわからないと、おかしいとずっと思っているんだろうな。
年を区切ったところで、別にいろんな物の流れが変わる事は無いし、
急に変化がおきる事も無い。
でも、年が明けると、急に着物や袴をはいて、いつもは行きもしない神社に行く。
やっぱり、おかしくないですか?年明けのお祭り騒ぎ。
約1ヶ月ぶりですか、こちらのほうに書くのは。
久しぶりに書きたいことがあったんで。
先週の木曜に大事な人に会ってきました。
自分が想っている人でも、彼女でも、モトカノでも、
ましてや初恋の人でもありません。
友人です(女の子だけど)
彼女とは高校時代からずっと親友でした。
今でも、その関係は続いています。
今年で5年目。お互いに尊敬し合えなかったら、こんなに長い間親友関係が続くわけがありません。
まぁ、腐れ縁とかは除きますよ。
会いたかったのは自分でした。東京に行ってきたので、そのお土産を渡したかったのがその理由でした。
が、それ以外にも会いたい理由があります。
彼女の話を聞いていたい。話し相手でいたい。むしろ、お土産よりもそっちのほうが大きいのでしょうか。
自分と違って、彼女は朝と夜の逆転した忙しい生活をしています。恋人と同棲中でもあります。
そのなかで出てくる仕事中の不満が彼女の中にものすごくたまっていました。
それを話を聞いて、共感したり、反論したり、意見を言ったり。
それが楽しくて、それが本当に嬉しい。
彼女は真面目で一生懸命働いています。
仕事に対して真正面に向き合っています。
どうすれば、効率よく出来るか、どうすれば店の売上が上がるのか、どうすれば環境がよくなるのか、・・・いろんな面で本当に頑張っています。
でも、それだからこそ、周りとの温度差に違和感を覚えているのです。
彼女と周りの人では、働く目的が違います。
お金を稼ぐために仕事をしているか、お金をもらうためにただ来ているか、の違い。
同じように見えて、全く違います。
仕事への取り組み方はもちろん、基本的な考え方まで違いました。
はっきり言って、やめたほうがいいとは思いました。
どんなに頑張っても報われることの無い環境。
絶対に良い経験が積めないであろう仕事。
でも、いまのところ、やめるつもりは無いそうです。
なぜかは分かりませんが。
やっぱり、それだけ、やる気があって、ちゃんとした考え方がある。
それは、本当にすごいと思う。
やっぱり、そういう芯の部分の惚れてるんでしょうな。(恋愛感情はないですよ。念のため)
今度、高校時代の友人をたくさん呼んで、新年会をしよう、って2人で話し合ってました。
もし出来るのならば、深夜までひたすら話を聞いていたい。
それだけでいいのです。
久しぶりに書きたいことがあったんで。
先週の木曜に大事な人に会ってきました。
自分が想っている人でも、彼女でも、モトカノでも、
ましてや初恋の人でもありません。
友人です(女の子だけど)
彼女とは高校時代からずっと親友でした。
今でも、その関係は続いています。
今年で5年目。お互いに尊敬し合えなかったら、こんなに長い間親友関係が続くわけがありません。
まぁ、腐れ縁とかは除きますよ。
会いたかったのは自分でした。東京に行ってきたので、そのお土産を渡したかったのがその理由でした。
が、それ以外にも会いたい理由があります。
彼女の話を聞いていたい。話し相手でいたい。むしろ、お土産よりもそっちのほうが大きいのでしょうか。
自分と違って、彼女は朝と夜の逆転した忙しい生活をしています。恋人と同棲中でもあります。
そのなかで出てくる仕事中の不満が彼女の中にものすごくたまっていました。
それを話を聞いて、共感したり、反論したり、意見を言ったり。
それが楽しくて、それが本当に嬉しい。
彼女は真面目で一生懸命働いています。
仕事に対して真正面に向き合っています。
どうすれば、効率よく出来るか、どうすれば店の売上が上がるのか、どうすれば環境がよくなるのか、・・・いろんな面で本当に頑張っています。
でも、それだからこそ、周りとの温度差に違和感を覚えているのです。
彼女と周りの人では、働く目的が違います。
お金を稼ぐために仕事をしているか、お金をもらうためにただ来ているか、の違い。
同じように見えて、全く違います。
仕事への取り組み方はもちろん、基本的な考え方まで違いました。
はっきり言って、やめたほうがいいとは思いました。
どんなに頑張っても報われることの無い環境。
絶対に良い経験が積めないであろう仕事。
でも、いまのところ、やめるつもりは無いそうです。
なぜかは分かりませんが。
やっぱり、それだけ、やる気があって、ちゃんとした考え方がある。
それは、本当にすごいと思う。
やっぱり、そういう芯の部分の惚れてるんでしょうな。(恋愛感情はないですよ。念のため)
今度、高校時代の友人をたくさん呼んで、新年会をしよう、って2人で話し合ってました。
もし出来るのならば、深夜までひたすら話を聞いていたい。
それだけでいいのです。
病気(居心地のよさ)
2003年11月19日 病気さて、入院してからは数日も経たないうちにこの入院生活慣れてしまった。
いや、タイムスケジュールはどうしても守れなかった。
朝7時ぐらいに起きて、夜10時には就寝。
いままで、夜更かしばっかりしていた自分にとって、とても苦痛であった。
だからこそ、今の自分のもっとも大きな支えになるものを見つけた。
ラジオだ。
このHNを見てわかると思うが、自分のラジオ人生の出発点こそ、この瞬間だった。
病室は9時以降はテレビが自動的に消える仕組みになっている。そのため、残り1時間の就寝時間は雑誌やボードゲームなので潰すしかない。
自分の場合はまさにラジオであった。
テレビも見れなくなり、微妙な蒸し暑さのせいで全く眠れなかったため、試しにラジオをつけてみた。
聞こえてきたのは当時STVラジオで人気のあった『スーパーランキング(通称スパラン)』だった。
自他共に認めるテレビっ子だった自分にとって、2人のパーソナリティーの日常的な雰囲気を出しつつ進めていく番組の進行や合間のトークの面白さ、リスナーが直接参加するコーナーなど、テレビとは明らかに違う面白さがあった。
これをきっかけにラジオ番組に見る見るうちにはまっていくのだった。
さて、そんなこんなで、夜は氷のうを借りて体を冷やしつつ、またある夜はナースステーション前の談話室でウォークマンを持ちつつ、ラジオを聞いていた。
では、昼は何をしていたのか。
立ち読みである。
入院していた札幌医大附属病院の2Fに大きな売店がある。
その隅っこに本がある程度陳列されていた。
自分はそこで時間を潰していた。
ドラえもんなどの単行本やゲームの攻略本しか読んでいなかった。
たまに病院内を探検していたこともあった。
地下2階に行ったが、あまりの気味の悪さに怖くなってすぐに舞い戻ってきた事もあった。
日常に関しては、あまりの暇さに頭が狂いそうだったのは確かだ。
でも、居心地はすごくよかった。あんなにまとまった『なにもない』時間はもう2度と取れないだろう
なにもしないこと、1番難しかったような気がする。
いや、タイムスケジュールはどうしても守れなかった。
朝7時ぐらいに起きて、夜10時には就寝。
いままで、夜更かしばっかりしていた自分にとって、とても苦痛であった。
だからこそ、今の自分のもっとも大きな支えになるものを見つけた。
ラジオだ。
このHNを見てわかると思うが、自分のラジオ人生の出発点こそ、この瞬間だった。
病室は9時以降はテレビが自動的に消える仕組みになっている。そのため、残り1時間の就寝時間は雑誌やボードゲームなので潰すしかない。
自分の場合はまさにラジオであった。
テレビも見れなくなり、微妙な蒸し暑さのせいで全く眠れなかったため、試しにラジオをつけてみた。
聞こえてきたのは当時STVラジオで人気のあった『スーパーランキング(通称スパラン)』だった。
自他共に認めるテレビっ子だった自分にとって、2人のパーソナリティーの日常的な雰囲気を出しつつ進めていく番組の進行や合間のトークの面白さ、リスナーが直接参加するコーナーなど、テレビとは明らかに違う面白さがあった。
これをきっかけにラジオ番組に見る見るうちにはまっていくのだった。
さて、そんなこんなで、夜は氷のうを借りて体を冷やしつつ、またある夜はナースステーション前の談話室でウォークマンを持ちつつ、ラジオを聞いていた。
では、昼は何をしていたのか。
立ち読みである。
入院していた札幌医大附属病院の2Fに大きな売店がある。
その隅っこに本がある程度陳列されていた。
自分はそこで時間を潰していた。
ドラえもんなどの単行本やゲームの攻略本しか読んでいなかった。
たまに病院内を探検していたこともあった。
地下2階に行ったが、あまりの気味の悪さに怖くなってすぐに舞い戻ってきた事もあった。
日常に関しては、あまりの暇さに頭が狂いそうだったのは確かだ。
でも、居心地はすごくよかった。あんなにまとまった『なにもない』時間はもう2度と取れないだろう
なにもしないこと、1番難しかったような気がする。
過去を振り切れない男
2003年10月20日 裏の顔調べることがあったので、中学の卒業アルバムを開けた。
卒業して以来、初めて開ける。
もらってから、家族に『さっさと捨てて欲しい』といってはばからなかった男だから
きっかけがなければ開けることはなかったし、開けようとも思わなかった。
久しぶりに開く。
艶のある写真が目に入って来る。
目にうつる写真は、自分にとって見て耐えられるものではなかった。
言葉では表すことの出来ない嫌悪感。気持ち悪さ。
見ていて感じたことだ。
以前に書いたかもしれないが、子供の頃の自分の記憶は、今の自分にとっては『負の遺産』である。
やはりアルバムも中学校の時の記憶も、自分にとってどんなことがあっても不必要なものだと感じた。
あえて『思い出』とは書かない。書きたくない。
思い出はいつまでもとっておきたいものだ。
記憶は必要不必要に関わらず、頭の中に残っているものだ。
さっさと消えて欲しい。
あの記憶は自分自身の足かせであり、手錠であり、目隠しであり、猿ぐつわだ。
自分自身を拘束するものは早くなくなってしまえ。
記憶も、それに縛られている自分の弱さも。
卒業して以来、初めて開ける。
もらってから、家族に『さっさと捨てて欲しい』といってはばからなかった男だから
きっかけがなければ開けることはなかったし、開けようとも思わなかった。
久しぶりに開く。
艶のある写真が目に入って来る。
目にうつる写真は、自分にとって見て耐えられるものではなかった。
言葉では表すことの出来ない嫌悪感。気持ち悪さ。
見ていて感じたことだ。
以前に書いたかもしれないが、子供の頃の自分の記憶は、今の自分にとっては『負の遺産』である。
やはりアルバムも中学校の時の記憶も、自分にとってどんなことがあっても不必要なものだと感じた。
あえて『思い出』とは書かない。書きたくない。
思い出はいつまでもとっておきたいものだ。
記憶は必要不必要に関わらず、頭の中に残っているものだ。
さっさと消えて欲しい。
あの記憶は自分自身の足かせであり、手錠であり、目隠しであり、猿ぐつわだ。
自分自身を拘束するものは早くなくなってしまえ。
記憶も、それに縛られている自分の弱さも。